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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)5835号 判決 1981年2月20日

原告 檜垣昭三

右訴訟代理人弁護士 香川公一

被告 株式会社 ビュフェとうきょう

右代表者代表取締役 長尾頼隆

右訴訟代理人弁護士 澤村英雄

同 高野裕士

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円およびこれに対する昭和五四年九月二三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

二  被告

主文同旨の判決。

第二請求原因

一  原告は、亡檜垣明(以下「明」という。)の父であり、被告は、国鉄の列車内で飲食物の販売等を営む株式会社である。

二  明は、昭和五二年一月四日午前七時三六分ころ死亡したが、その経過は次のとおりである。

1  明は、右死亡当時一六才で、本松峰治(以下「本松」という。)、藤丸紀美子(以下「藤丸」という。)と共に被告に雇われ、新幹線の列車内で飲食物等の販売に従事していた。

2  明、本松、藤丸らは、他の同僚数名と共に、昭和五二年一月三日新大阪駅発一九時二分こだま二九六号に乗務し、同日二三時三六分に東京駅に到着したが、翌一月四日東京駅発六時二八分こだま二〇三号に乗務するので、仮眠をとるため、本松引卒の下に品川の被告の高輪寮に向う途中、同日午前〇時一〇分ころ、国鉄品川駅前公衆電話ボックスにおいて、藤丸がコーラ一本を拾得した。

3  明は、被告の高輪寮において入浴後、藤丸のすすめにより、右コーラを一口飲んだところ、右コーラ内にシアン化ナトリウムが混入していたため、昭和五二年一月四日午前七時三六分死亡した。

三  被告には明の死亡につき安全配慮義務違反の責任がある。被告の業務に従事する大阪地方のアルバイト学生については一九時位の時間帯の出発の勤務については東京へ行き、その夜東京で宿泊させ、翌朝六時のこだまに乗務させ、大阪に帰って解放するのが一勤務行程となっている。被告は、未成年のアルバイト学生である明を昼夜にわたって使用する場合には、親から息子を預ったものであって、その健康管理その他に万全の態勢をとることが必要であり、食事その他の飲食物についても会社からのいわばあてがいぶちであって、うさんくさい飲食物の提供は避けるべき義務があったがこれを怠ったものである。

四  被告の職員本松は、班長(チーフ)として雇われ、その引卒する従業員の健康、安全を保護する義務があったのにこれを怠り、また、藤丸は、職員としてアルバイト学生にうさんくさい飲食物の供与を避けるべき注意義務を怠ったもので、右両名の過失が共同して明の死の結果を生じさせたものである。本松と藤丸の右過失行為は、深夜の乗務と翌朝の乗務との間の仮眠という業務と密着する行為と直接に関連して行われたものであるから、被告は、本松、藤丸の使用者としての責任を負うものである。

五  明は、高校バスケットボール部員として活躍する健康な少年であった。原告は、明の死亡により多大な精神的苦痛を蒙り、その慰藉料額は一〇〇〇万円を下らない。

六  よって、原告は、被告に対し、債務不履行又は民法第七一五条第一項の損害賠償請求として、金一〇〇〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五四年九月二三日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告の認否および反論

一  請求原因一、二1の事実は認める。同第二2の事実中明、本松、藤丸らは他の同僚数名と共に昭和五二年一月三日新大阪駅発一九時二分こだま二九六号に乗務して東京駅に到着し、翌一月四日東京駅発六時二八分こだま二〇三号に乗務することになっていたこと、同人らが品川の被告の高輪寮に向う途中公衆電話ボックスにおいて藤丸がコーラ一本を拾い上げたことは認めるが、その余の事実は争う。同二3の事実中明がコーラを一口飲んだところ右コーラ内にシアン化ナトリウムが混入していたため昭和五二年一月四日午前七時三六分死亡したことは認めるが、その余の事実は争う。同三ないし五の事実は否認する。

二  明が死亡するに至った経過は次のとおりである。

1  明は、本松、藤丸、浜崎正行(以下、「浜崎」という。)、梁脇絹代(以下「梁脇」という。)外二名計六名と共に、昭和五二年一月三日新大阪駅発一九時二分こだま二九六号に乗務し、同列車内で車内営業に従事していた。明は、車内営業のうち土産物等の車内販売、本松は、ビュフェのコック、藤丸は、ビュフェの会計をそれぞれ担当していた。右列車は六分遅れで、東京駅に二三時二二分到着した。

2  明ら七名は、東京駅到着後、東京駅構内にある被告の営業所で勤務終了の点呼を受け、当日の業務を終了し、その際当日の売上金等を当直員に引渡し、当直員より翌日の勤務の指示を受けた。翌日は六時二八分東京駅発こだま二〇三号に乗務することになっていた。

3  明ら七名は、右点呼終了後、宿泊のため国鉄品川駅付近にある被告の高輪寮に向うべく、国電に乗りかえ品川駅で下車した。品川駅から高輪寮までは七〇〇ないし八〇〇メートル、徒歩で約一〇分の距離であり、本松は、一人離れて他の六名より五〇メートル位先行して歩いていた。品川駅より約三〇〇メートル行った歩道上に公衆電話ボックスがあり、明ら六名が昭和五二年一月四日午前〇時ころそこにさしかかったとき、梁脇がボックス内に「一〇円銅貨がおちている」といったので、藤丸がボックスに入り、一〇円銅貨の外にコカコーラのびん一本を発見し、「コーラもおちている」と付近に待っていた他の五名に告げてコーラのびんも拾って出てきた。

4  藤丸は、その際、コーラの入ったびんを見たところ、びんは外見上王冠も異状なく、逆さに振ってもコーラもれもなかったので、同ボックスより二〇ないし三〇メートル歩く間に、他の五名の者全員に対し、「これどうお」と声をかけてさし出したところ、五名中の明がにっこり笑って手をさし出したのでその場でコーラのびんを手渡した。

5  明は、コーラを高輪寮まで持参し、先着の他の男子グループと共にビール等を飲んだあと同じ列車に乗務した浜崎と同寮内の食堂に行き、そこでコカコーラを開栓の上、浜崎にもすすめたりしてまず一口自分が飲んだところ、「このコーラくさっている」と口走って食堂内の流しの水道で口すすぎをしたが、そのまま同所で倒れて意識を失った。

6  浜崎らは、すぐ救急車の手配をして明を北品川病院に入院させ、手術も受けさせたが、明は、意識不明のまま、昭和五二年一月四日午前七時三六分死亡した。

三  被告は、明の死亡に何ら責任はない。その理由は次のとおりである。

1  右事故は被告の業務時間外に生じた。すなわち、明らの当日の業務は、同人らが東京駅に到着し、被告の営業所で点呼を受け、売上金等を引渡したことにより終了し、以後の行動は勤務とは関係がなく、被告の指揮監督をはなれた自由行動である。本松は、勤務中も班長ではなく、単に先任者的立場にあって、明を引卒していたのではない。

2  コーラを飲んだ行為は業務範囲外の行為であった。明が藤丸よりコーラのびんを受取って飲用した行為は全くの私事で職務とは関係のない行為である。

3  コーラは、いわばグループ全員の拾得物であり、それに毒が入っていることは全く予想もしていないことで、藤丸らには何らの過失もなかった。危険は平等にあったのであり、明が飲んだのは正に偶然の不運であったというべきである。

第四証拠《省略》

理由

一  原告は、明の父であり、被告は、国鉄の列車内で飲食物の販売等を営む株式会社であることは当事者間に争いがない。

《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

1  明は、本松、藤丸と共に被告に雇われ、新幹線の列車内で飲食物等の販売に従事していた(この事実は当事者間に争いがない。)が、本松、藤丸、浜崎、梁脇外二名計六名の被告の従業員と共に、昭和五二年一月三日新大阪駅発一九時二分こだま二九六号に乗務し、同列車内で車内営業に従事した(明が右列車に本松、藤丸ら数名と共に乗務したことは当事者間に争いがない。)。明は、車内営業のうち土産物等の車内販売、本松は、ビュフェのコック、藤丸は、ビュフェの会計をそれぞれ担当していた。右列車は六分遅れで、東京駅に同日二三時二二分到着した。

2  明ら七名は、東京駅に到着後、同駅構内にある被告の営業所において乗務終了の点呼を受け、藤丸が当日の売上金と商品の残り等を当直員に引渡し、その報告をしたうえ、当直員から翌日の乗務列車の指示を受けて、翌日は六時二八分東京駅発こだま二〇三号に乗務することを確認した(翌日の乗務列車については当事者間に争いがない。)。

3  明ら七名は、そのあと、宿泊のため、国鉄品川駅から七〇〇ないし八〇〇メートル、徒歩約一〇分の距離にある被告の宿泊施設の高輪寮に向い、国電で品川駅に下車した。本松は、品川駅前の信号のある交差点で先にわたったため、一人だけ離れて五〇メートル位先行して歩き、他の明ら六名は、これにおくれて一団となって歩いていた。明ら六名が、途中の歩道上にある公衆電話ボックスのところにさしかかったとき、梁脇が右ボックス内に「一〇円玉がおちている」といったので、藤丸と梁脇が、右ボックス内に入ったところ、一〇円銅貨の外にコカコーラのびんが一本ボックス内に転っているのを発見し、藤丸がこのびんを拾い上げた(藤丸が被告の高輪寮に向う途中に公衆電話ボックスでコーラ一本を拾い上げたことは当事者間に争いがない。)。

4  藤丸は、右のびんをみると、王冠に異状はなく、分量も普通に入っているし、びんを逆さにして振ってみても口からコーラが出ないので、開栓前の新しいコカコーラであると思い、そばで藤丸がびんを拾ってボックスから出てくるのを見て待っていた明ら五名の者と共に二五メートル位歩いたところで、明ら五名の者のうちコーラをほしい人にあげようというつもりで、特に誰か特定の者に向ってというわけでなく、「これどうお」と呼びかけてコーラのびんを差し出したところ、明が一寸笑って、手を出したので、明に右のびんを手渡した。

5  明は、コーラのびんを高輪寮まで持参し、先着の被告の職員岡文雄ら六・七名の者が休憩室でビールを飲んでいるところに入ってきたが、そのあと昭和五二年一月四日午前〇時四〇分ころ、隣りの食堂へ行き、右コカコーラを開栓して一口飲んだあと、「このコーラくさっている。」と口走って食堂内の流し台の水道で口すすぎをしたが、その場で倒れた(明の右コーラを一口飲んだことは当事者間に争いがない。)。

6  岡文雄らは、管理人に頼んですぐ救急車の手配をし、明を病院に入院させたが、明は、右コーラ内に混入していたシアン化ナトリウムのため昭和五二年一月四日午前七時三六分死亡するに至った(明の死亡日時、死亡原因については当事者間に争いがない。)。

以上の事実が認められ、右認定を左右できる証拠はない。

二  原告は、未成年のアルバイト学生である明を昼夜にわたって使用する場合には、その健康管理その他に万全の態勢をとることが必要であり、うさんくさい飲食物の提供を避けるべき義務があるのにこれを怠ったから、明の死亡につき安全配慮義務違反の責任がある旨を主張する。

《証拠省略》を総合すると、明は、死亡当時一六才で(この事実は当事者間に争いがない。)高校一年であったが、昭和五一年一二月中ころ、両親の許可を得て、冬休み中のアルバイトとして被告に車内販売担当員として雇われたこと、被告は、新幹線こだまに乗務する数名(一班となる)中に特に班長(チーフ)という名称の責任者は置いていなかったが、明の乗務中の班員の中ではビュフェのコックをしていた本松や最古参の班員であった藤丸が班員全員のための連絡係等に当っていたこと、被告の大阪支店での乗務は、新大阪から東京、東京から新大阪と同じ列車で往復する勤務が多かったが、時には東京で一泊することがあり、この場合は東京駅で点呼を受けたあとは勤務時間として拘束はされていなかったこと、また、東京で一泊する場合には被告の高輪寮に宿泊することが強制されていたわけではないが、深夜に東京駅に到着し、翌朝も乗務時間が早朝であるため、ほとんどの者が宿泊には高輪寮を利用していたこと、勤務中に小遣銭を所持することは特に禁止されてはおらず、高輪寮内にはジュース、コーラの自動販売機があって自由に購入できるようになっていたことが認められ、右認定を左右できる証拠はない。

右事実に前記一の事実をも合わせ考えると、被告は、明ら従業員が東京で一泊する場合には深夜に東京駅に到着し、翌日早朝の乗務となるところから、従業員が宿泊に利用するため高輪寮を設けていたのであり、東京駅構内での点呼が終了したあとは、勤務時間は終了したとはいえ、深夜のことであるから、従業員が安全に宿泊できる態勢をとることが必要であると考えられ、高輪寮はそのための施設であったと認められるから、右寮に赴く途中および寮内での従業員の安全や健康管理についても配慮すべきことが雇用契約に付随する義務として要求されるというべきである。しかしながら、明が死亡するに至った原因、経過からみると、その死亡の結果が、東京駅から高輪寮に赴く途中又は寮内における明ら従業員の安全を配慮すべき被告の義務を怠ったために生じたものと認めることはできない。何となれば、明の死亡原因となったシアン化ナトリウム混入のコカコーラは藤丸が拾い上げて明に手渡したものであるが、藤丸の右行為は、当日乗務の者のうち本松を除いた明ら五名全員の目の前で行われたことで、明も藤丸がコカコーラを公衆電話ボックス内で拾い上げたことを承知のうえで、藤丸が誰にともなく差し出したのを受取ったのであって、右の行為がたまたま被告の寮に向う途中に被告の従業員たる藤丸によって行われたからといっても、被告の業務とは何の関連もない行為であり、この行為をもって、被告が明に飲食物としてコーラを提供したと評価することは到底できないし、また明がそのコーラを飲用に供するか否かも全く明個人の私的な行動であって、被告の勤務体制、従業員の安全、健康管理の状況とは無関係なことがらといわざるを得ないからである(前記認定の事実によると、明は、小遣銭の所持は許されており、寮にはジュース、コーラの自動販売機もあってこれを購入して飲用することもできたのであって、被告の勤務体制の不備によって藤丸が拾い上げたコーラを飲まなければならないような状況に追込まれていたとみることもできない。)。

したがって原告の右主張は採用することができない。

三  原告は、明の死亡は被告の職員本松と藤丸の過失によって生じたもので被告には使用者責任がある旨主張する。

しかし、藤丸がコカコーラのびんを拾い上げてこれを明に手渡した行為が被告の業務とは何の関連もない行為であることは前記二で判示したとおりであり、前記一、二で認定した事実によると、本松は、班長として従業員を引卒する立場にあったわけではなかったことが認められるから、本松が品川駅から高輪寮に向うまでに明ら六名より少し先に歩いて行ったことをもって本松の過失であるとすることはできないし、藤丸がコーラのびんを拾い上げてこれを明に手渡した行為も、右びんの王冠に何の異状もなく、コーラの分量も普通で、びんを逆さにして振っても口からコーラがもれることもなかったのであって、当時はコーラの中に劇毒物を混入して公衆電話ボックスの如く不特定多数人の目に触れる場所に放置するというような極悪非道ともいうべき犯罪行為は、前例もなく、何人といえどもこれを予測しえなかった筈であると思われるから、藤丸にかかる結果となるべきことの予見を求めて、この行為を非難することは酷であって、藤丸に過失があったということもできないのである。これを要するに、明は、不運な偶然の結果、前例のない憎むべき犯罪行為の犠牲者になったというべきで、何の落度もなく(明が右のような経過によってコカコーラを飲用に供したことを非難することはできないのであって、明が飲んでいなければ、同僚のうちの誰かが飲んで犠牲者となっていたものと思われる。)、誠に同情に値するというべきであるけれども、そうであるからといって、その責任を被告に帰せしめることは無理であるといわなければならない。

したがって、原告の右主張も理由がない。

四  よって、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山本矩夫)

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